刻印のキズ
ロレックスはミドルケースに刻印が刻まれています。
しかし、使い方によっては削れて見えなくなります。
ここでは刻印のキズついてご説明致します。
一昔前であれば全く気にされなかったのですが、
ここ数年で型番・シリアルの刻印がきれいに残っているかが
査定金額を出すうえで非常に重要な要素となっております。
ただ、厄介なのがお客様自身で確認するのは困難なことです。

ロレックスのお時計にはミドルケースに型番とシリアルナンバーの刻印が施されております。
12時側のブレスレットを外した部分に型番、6時側のブレスレットを外した部分にシリアルナンバーが刻印されております。
こちらは12時側。116610という型番が刻印されております。
こちらは6時側。STAINLESS STEEL?
「シリアルナンバーが無いじゃん!!」と思われた方、ご安心を。こちらのモデルは比較的新しいモデルのため、シリアルナンバーの刻印はこの部分ではなく別の部分に刻印されております。
シリアルナンバーが刻印された時計を使ってしまうと、モザイクを入れる手間が掛かりますからね。ちょっとした時短です。


2000年代中頃からインナーリングの6時側へシリアルナンバーが刻印され始め、2011年以降はほぼすべてのモデルがこの部分への刻印になりました。それに伴い、ミドルケース6時側に刻印されていたシリアルナンバー刻印は無くなりました。でも型番はそのまま。
なぜシリアルナンバーのみ移動したかって?時計内部の、しかも容易に見える部分に刻印しておけば、購入者自身もこの世で一つしかないその特別な刻印を見ることができますし、ロレックスが時計を預かる際にもわざわざブレスレットを外すことなくその個体がどこに出荷されたものか、誰に販売されたものか、過去にメンテナンスした履歴があるかどうかすぐに検索できます。
外装に何かとんでもないことが起こりシリアルナンバーが判別できなくなるという事態も防げますしね。
こちらは1990年代後半に製造されたエクスプローラー2。きれいに型番と、何やら文字が刻印されております。
型番とシリアルナンバーの刻印はその個体を特定するうえで非常に重要なものなので、その部分にキズが付いていたり見えなくなってしまっている場合には査定金額に影響します。


こちらも同じく1990年代後半に製造された同じエクスプローラー2なのですが、なぜか5の数字の真ん中の部分が削れてしまっています。よく見るとROLEXの文字の上の方にも横長の削れが。
この部分は普通の人では触れない、というより見ることもできない部分。だってカバーが付いていて、本来ならキズすら付かない部分なのですから。付くのは汚れかサビです。そんな部分にキズが付くとは。
原因を調べる必要がありそうです。ブレスレットを外して内部の構造を見てみましょう。何か分かるかもしれません。
ブレスレットを外した内部の構造はこんな感じ。ブレスレット先端のパーツに薄い金属をUの字型に変形させたカバーをあてがい、貫通するようにバネ棒を差し込むことでパーツを固定しています。
今のところ、特に原因になりそうな部分は見当たりませんね。


真横から見てみましょう。
何やらカバーの内側に突起が見えますね。突起というよりは、ブレスレットの先端を変形させて突出させた感じです。位置的に刻印と擦れ合いそうな雰囲気はあります。
ではカバーを外した状態で時計に装着して、実際カバーの内部ではどのようなことが起こっていたか見てみましょう。
完全に接触しています。間違いなくブレスレットの先端のパーツが刻印の5の辺りに接触しております。
そう、刻印のキズの原因はブレスレット自体にあったのです。時計を着けていると、この部分が動くたびに擦れ、刻印が削れてしまうのです。


ブレスレット側にも擦れていたと思われる部分が擦り減っているのが確認できます。
でも不思議ですよね。刻印が削れているものもあれば削れていないものもある。もちろん削れていないものも長年使われていました。この違いは何なのでしょうか?
削れていない時計のカバーの中身を見てみれば一目瞭然。突起が無いんです。
実はロレックスのブレスレットは1990年代後半にマイナーチェンジが行われております。このブレスレットは古いタイプのブレスレットの為、突起がありません。だからミドルケースと接触しないため、刻印が削れることが無いのです。
しかし、この形状のブレスレットはカバーが変形しやすいうえ、使用しているうちにミドルケースとの間に隙間が生まれガタツキが生じるという問題がありました。それを解消するためにロレックスは新たなブレスレットの開発に着手しますが、開発には膨大な時間とコストが必要です。その間どうするか、とりあえずブレスレットの先端のパーツのみ突貫工事で形状を変えたのです。これならコストを最小限に抑えられますからね。


ブレスレットとミドルケースが密着していればガタツキは最小限に抑えられますが、あくまで最小限です。現にカバーのガタツキで付いたであろうキズがROLEXの文字の上の方にありましたし。さらに弊害として型番やシリアルナンバーの刻印部分と接触することによって刻印自体が削れてしまう事象が発生したのです。
しかし新型のブレスレットは完成目前。何とかあと数年だけでも時間を稼げないか。ロレックスは考えに考えました。
そしてある奇策に打って出ます。
刻印自体を移動させればいいじゃん!!。
賢い、賢すぎるぞロレックス。キズの付く位置は分かっているため、その位置以外の部分に刻印を移動させればご覧の通り刻印にはキズが付きません。
2000年前後に製造されたデイトジャストなどのドレスモデルは、型番やシリアルナンバーがキズを避ける位置に刻印されているんです。
スポーツモデルに関しては新型のブレスレットが完成寸前だったため、定位置で粘りに粘りましたが、14060Mなど極一部のモデルは刻印が上の方に移動しています。このことから、14060Mなどは当初から新型のブレスレットを採用するつもりは無かったんでしょうね。現にこの10年後に生産終了するまでずっと旧型のブレスレットが使われていましたし。


そしてついに新型のブレスレットが完成しました。カバー部分が薄い金属から無垢素材になり、ブレスレットと一体型にすることでガタツキが無くなりました。刻印部分に触れないようにちょうど良いスリットもあります。
しかし、このブレスレットはスポーツモデル用に開発されており、ドレスモデル用には採用されておりません。
理由は簡単です。ドレスモデルはこの数年後にフルモデルチェンジを控えていたため、既存のモデル用にブレスレットのみ新しく開発するのは現実的ではなかったのです。だからあんな奇策に打って出たんでしょうね。
とりあえず一件落着といったところでしょうか。
いやいや、ここからが本番ですよ。
こちらの画像を見て下さい。刻印が見えますか?私にはほぼ判別できません。かろうじて2桁の数字の下の方のみ見えますが、3なのか5なのか6なのか8なのか全く分かりません。年式的に7桁の数字が刻印されていたはずなのですが、もはやこの有様。
実は先に説明した薄い金属のカバーの内部に長年に渡って汚れやほこり・汗が溜まっていたことでサビが発生したのが原因です。サビを取るとこうなります。鬆が入るってやつです。普通の人では開けられない部分なので、開けるとすれば修理もしくは査定に出された時のみでしょう。
さすがに査定金額に大きく影響します。お店によっては番号が判別不可ということで買取自体しないところもあります。


上記のようにサビで刻印が消えてしまっているお時計のカバーの内部は総じてこのような状態です。
何年どころか何十年もメンテナンスをしていなかったのでしょう。皮脂や衣類のほこりが溜まって黒い汚れと化し蓄積されています。この状態で使い続けると汗が汚れに染み込み、常にサビの原因となるものが刻印部分に密着した状態となります。通気性も悪くなるため、雑菌の温床にも…。
ステンレス(stainless=サビない)でもサビる原因が目の前にあればサビます。
あまりオススメできませんが、自分で刻印を確認したいという方はこのような工具を購入して下さい。
あまり安い工具はオススメできませんが、慣れている人であれば書類を留めるクリップ一つでブレスレットを外すことができます。当店は法人からの買取がメインのため、こういった工具の使用方法もレクチャーしたりしていますが、慣れないうちは時計がキズだらけになります。恐らくみなさんも同じ道を辿ることになるでしょう。
因みに当店で毎日使っているこれらの工具、買ってそのまま使うわけではございません。使いやすいように、できる限りお時計にキズが付かないように、そしてお時計のモデルごとに人それぞれ先端や持ち手を自分好みに加工して使うのが普通です。
3つで40,000円強。時計専用の工具はめちゃくちゃ高いのです。

ご理解いただけましたか?
キズなどはお客様ご自身で確認できますが、
実は確認できない部分に査定金額に大きく影響するものがあったのです。
一つ勉強になりましたね。