ロレックス特有の不具合
人間が作ったモノには必ず欠陥があります。
ロレックスも同様、人間の手で作ったモノですから
それはそれは何かしらの不具合があるわけで…
ここではロレックス特有の不具合についてご説明致します。
特定の年代に使われていた特定のムーブメントには
高い確率で起こる不具合がございます。
保証書の有無や大きなキズには及びませんが、それなりに査定金額に反映されます。

時刻は午前0時を過ぎました。
お気付きですか?何か様子がおかしいことを。
午前3時を過ぎると、しれっと正常な状態に戻ります。
寝てる時間だから気付かないとでも思ったのでしょうか。
このモデルはレディースサイズのデイトジャスト69173。1980年代中ごろから1990年代後半まで販売された非常によく見るモデルです。バブル前後はコンビのロレックスが売れに売れましたから、日本でも相当数販売されていたはずです。
しかしこのモデル、5分の1くらいの高確率(当店の感覚)である不具合が起こります。調子が悪いから修理するよりは売っちゃおうかな…と考えてらっしゃる方が多いからかもしれませんが、ロレックスで一番起こる不具合は?と聞かれたら、迷わずこの話をするでしょう。


これはいただけませんね、文字盤にDATEJUSTと書いてあるのに。
デイトジャストとはその名の通り、12時ちょうど(前後数分の誤差は許容範囲内)に瞬時に日付が切り替わる機構です。もう一度言います、文字盤にDATEJUSTってちゃんと書いてありますよ。
しかし、ご覧の通り日付が午前0時前後で中途半端な状態で切り替わり、午前3時前後で完全に切り替わる。デイト不良やデイトの粘りと言ったりします。文字盤にDATEJUSTと書いてあるのに。これは事件です。
でも犯人の目星はすでについています。経験上、90%の確率でいつものアイツが犯人です。残りの10%?デイトディスクの歯車の摩耗や油切れや組み立て不良、その他諸々です。
文字盤を外して中がどうなっているか見てみましょうか。手がかりが見つかるかもしれません(もう目星はついていますが)。
ムーブメントは1980年代中頃から1990年代後半にかけて販売されたデイト付きのレディース・ボーイズサイズのほぼすべての自動巻モデルに使われていたCal.2135。
赤丸で囲った部分に注目して下さい。デイトディスクの歯車の間に何かが居座っています。


拡大してもデイトディスクの歯車の歯自体には事件を起こすほどの摩耗や変形は見受けられません。やはり犯人は他にいそうです(もう目星はついていますが)。
そしてこの居座っているパーツはカレンダー送り車と言い、本来はデイトディスクをバネの反発力で一瞬にして弾き出し、瞬間的に日付を変える重要なパーツなのです。そんな重要なパーツがなぜ日付が変わってもこの場所に居座っているのか。本来であれば画像上方向にデイトディスクの歯を瞬間的に弾き出し、カレンダー送り車は左斜め上の方向へ進んでいるはずですが、まだデイトディスクの歯と接触したままの状態です。
しかし、このカレンダー送り車自体が犯人というわけではないのです。カレンダー送り車をスケープゴートにした真犯人は別にいます。
面白くなってきたでしょ?
デイトディスクを外してみましょう。全貌が見えてきました。
先ほどデイトディスクの歯車の間に挟まっていたカレンダー送り車、実はその下の金色の歯車と合体していたんですね。ということは、この歯車が犯人?いやいや、そう断定するのは時期尚早です。
因みにこのムーブメント、すでに改良が施されており、Cal.2135としては2代目といったところでしょうか。初代は日付の早送りだけでなく早戻しもできましたが、デイトディスクの摩耗が激しいとの理由で早送りしかできないように改修されました。
ついでにカレンダー送り車も改良されてこんな変な形になりました。改良してもまだ事件が起こるとは。やはり真犯人は別にいますね(もう目星はついていますが)。


因みにこちらのムーブメントに付いているのが改良前のカレンダー送り車です。
先代は銀色の円盤に突起が2つ付いただけ。恐らくロレックス以外で修理された個体でしょうね、この銀色の円盤の裏に油がたっぷり塗られていました。このムーブメントも日付の不良が起きていたんでしょうね。それを直そうとして少しでもカレンダー送り車の回転をスムーズにしようとした痕跡。見る人が見れば何が起こっていたのかすぐ分かりますから。
日付の早戻し機能はすでに改良されておりますので、カレンダー送り車が改良されたのはその後ということが分かります。1.5代目といったところでしょうか。
そのころにロレックスに修理を依頼すると、完了後にこんなメモが付いてきました。
ロレックスも不具合は把握していたんですね。でもこのショボい紙一枚の説明とは。


気を取り直してさらに奥を見てみましょう。すでに真犯人が顔を出しています。
犯人かと思われたカレンダー送り車の下にはカム状のパーツ、そしてその左にピンク色の小さい円盤が付いたレバー、そのレバーを左から押さえつけている細いバネ、それ以外は干渉するパーツは無し。
この3つのパーツ、怪しいですね。
すごく怪しいですね、特に赤く塗ったバネが。
そう、このバネがいつものアイツです。
このバネこそが真犯人なのです。


このバネ、ヨークバネって言ったりします。このバネの反発する力でデイトディスクを勢いよく弾き出し、瞬間的に日付を変えているのです。まさにDATEJUSTの根幹を担うバネです。
このバネの反発する力がうまくデイトディスクまで伝わらないと中途半端に日付が変わってしまうんですね。そして時間の経過とともにカレンダー送り車も回転しますから、デイトディスクを正常な位置にゆっくり押し出すタイミングがちょうど3時間後(=午前3時ごろ)だったというわけです。
どうすれば直るかって?簡単です。バネの長い方を少し外側に曲げてあげてバネのテンションを強くすればいいんです。簡単でしょ?
ただ、実はそんな単純な問題ではないのです。
赤丸で囲んだ部分。ジャンパーと呼ばれるパーツです。こちらのバネの先に付いた突起部分がデイトディスクの歯車の歯と噛み合い、ちょうど一日分だけ日付が進むようにストッパーの役割を果たしています。このバネが機能していないと面倒なことが起こります。
ヨークバネのテンションだけ強くしたところで、こちらのバネも調整しないと日付が数日分進んでしまったり、逆に日付が進まなくなったり、最悪時計自体が止まります。真犯人のほかに共犯者がいたとは。まるでミステリー小説のようです。
この2つのバネのテンションがうまく釣り合った時に初めて正確に日付が切り替わるのです。もはや職人技任せのワガママムーブメント。同一のムーブメントで何度も改良が行われたのはこのCal.2135だけじゃないでしょうか。早々に新型のムーブメントに移行するわけです。


1990年代後半、新型のムーブメントCal.2235へ移行されます。改良点は多々ありますが、大きな改良点はデイトジャスト機構。当然ですよね、散々不具合が出ていましたから。そこ以外は完成度の高いムーブメントだったのですが。
ただ、このCal.2235も厄介な不具合があります。オシドリというリューズのポジションを規制する重要な部品が壊れやすいのなんの。オシドリが壊れるとリューズを引っ張った時の感触が無くなり、針を操作したいのに日付が動いたり、日付を修正したいのに針が動いたりと、時計が言うことを聞かなくなります。ロレックスで二番目によく起こる不具合は?と聞かれたら、間違いなくこの話になります。
蛙の子は蛙ということですか。
ついでに三番目によく起こる不具合も説明しましょうか。
ゼンマイ切れです。ある日突然動かなくなった原因第一位。赤丸で囲んだ部分でゼンマイが破断してしまっています。ゼンマイは香箱と呼ばれる分厚い歯車の中に収められております。抵抗を最小限にするためにグリスが塗られているのですが、ゼンマイと香箱が擦れた際に出る鉄粉と混じり合い、真っ黒な汚れがこびり付いています。長期間ノーメンテナンスで使われていた証拠です。この状態ではゼンマイが切れていなくてもトルクが安定しません。
ロレックスのゼンマイは他のメーカーに比べて強いトルクのものを使っているため、破断しやすいというのも有名な話です。工具を使わず手でゼンマイを巻き入れることもたまにありますが、指が痛くなるくらい固いですし。
物理学はよく分からないのですが、一番力が加わる部分なのでしょうか、破断するのはいつもこの辺りです。こうなるともう動きません。ゼンマイの交換が必要です。

ロレックス特有の不具合はほぼ把握しております。
もちろん査定時にはその部分を重点的に確認しますが、
直す術があるというアドバンテージはキズや保証書の有無とは決定的な違いです。
一つ勉強になりましたね。